駄菓子屋を看取った世代

By | 2016年1月22日

駄菓子屋のゲーセン化

今のアニメなどで映し出される駄菓子屋は、私の記憶に残る駄菓子屋とは異なっている。wikipediaの駄菓子屋の記述にもあるが、アーケードゲームが導入され小さなゲームセンターと化していた
私の家から一番近かった駄菓子屋でも軒先にビーチパラソルを開き、下にゲーム機が2台配置されていた。隣の学区の駄菓子屋では、軒先の屋根をベニヤ板で延長し壁は布?で覆われ「秘密基地のような空間」が追加されていた。中には大量のゲーム機が配置され、多くの小学生で賑わっていた。雨が降ると屋根のベニヤを叩く音がとても響いたのを覚えている。

駄菓子は健在

当時の小学生は100円玉を持って駄菓子屋に行き、50円で駄菓子を購入し50円でゲームをするというスタイルが多かったと思う。50円でも10円のコーラ飴、20円のチョコバット(今では30円みたい)、20円のよっちゃんイカ(下の画像にある白いタイプが好きだった)が購入できました。これらの駄菓子は今でも購入できます(下の画像はAmazonへのリンクです)。

アニメの「だがしかし」に登場した「きなこ棒」の様な商品が包装されていないタイプの駄菓子は80年代にはほとんど無くなっていたと思う。けれどAmazonには残っているのですね。Amazonスゴイ!と思って小学生には手が届かなかった金色の「イブ」というガムを検索したら見つからなかった、もう生産していないみたい。→参考:google画像検索「ガム イブ

駄菓子屋のゲーム

wikipediaの駄菓子屋の記述ににはゲーム料金が20〜30円とあるが、私の記憶では10円,20円,50円という感じだったと思う。スマホゲームの制作に役立つかは微妙ですが、今後は駄菓子屋ゲームの紹介もブログに書いていこうと思います。私はゲームをするよりも友達がプレイしているのを見るのが好きで古いゲームも結構記憶に残っています。

駄菓子屋の終焉

私が小学生の頃にファミコンが発売され大ブームとなりました。初期のファミコンゲームは対戦プレイできるものが多く駄菓子屋ゲームとは棲み分けできていた気がします。しかしスーパーマリオ(1985)やドラクエ(1986)の登場に至り、駄菓子屋が廃れていったような気がします。

ちなみに私はファミコンを買って貰うことは叶わず、代わりに電気屋で展示品処分のため安売りされていたパピコン(wikipedia)がやってきました。これによって小学生ながらプログラミングを始めることになるのですが、それについても追々記事にしていこうと思います。

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